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生物農薬活用ガイド:化学農薬削減と環境負荷低減を実現

Tags: 生物農薬, 化学農薬削減, 環境負荷低減, 持続可能な農業, 病害虫管理, IPM

農業生産において、病害虫管理は安定した収穫を得る上で欠かせない要素です。これまで化学農薬がその中心的な役割を担ってきましたが、環境負荷や使用者、消費者の安全性に対する意識の高まりから、化学農薬の使用量削減、さらには依存からの脱却を目指す動きが広がっています。このような背景の中で、「生物農薬」への関心が高まっています。

しかし、「生物農薬は効果が不安定なのではないか」「導入には特別な技術や設備が必要なのではないか」といった不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。この記事では、生物農薬の基本的な考え方から、その具体的な導入方法、期待できる効果や潜在的な課題、そして導入を検討する際に役立つ情報について解説します。

生物農薬とは

生物農薬とは、生きた微生物や天敵昆虫、植物抽出物など、生物に由来するものを有効成分として利用する農薬のことです。これらは化学的に合成された農薬とは異なり、特定の病害虫にのみ作用したり、病害虫の生態を利用したりすることで、その密度を抑えることを目的としています。

生物農薬は、主に以下の種類に分けられます。

これらの生物農薬は、それぞれの特性や対象とする病害虫に合わせて利用されます。

環境負荷低減への貢献

生物農薬の利用は、環境負荷を大幅に低減する可能性を秘めています。

化学農薬と比較して、生物農薬は多くの場合、標的以外の生物(ミツバチやマルハナバチなどのポリネーター、土壌微生物など)への影響が少ないとされています。これにより、生態系の多様性を守り、圃場の環境を健全に保つことにつながります。

また、土壌中や水系での残留リスクが化学農薬よりも低い傾向があります。これは、有効成分が生分解されやすかったり、特定の環境下でのみ活性を持つ性質があったりするためです。ドリフト(飛散)による周辺環境への影響も、化学農薬に比べて小さい場合が多いです。

さらに、化学農薬の使用回数や量を削減することで、温室効果ガスの排出削減(製造、輸送、散布などに関連するエネルギー消費の削減)にも間接的に貢献する可能性があります。

生物農薬導入のメリットとデメリット

生物農薬の導入を検討するにあたり、そのメリットとデメリットを理解しておくことが重要です。

メリット

デメリット

具体的な導入事例と手順

生物農薬の導入は、特定の作物や病害虫に対して効果的な戦略として活用されています。例えば、施設栽培のイチゴやナスなどでは、ハダニやアブラムシ、アザミウマといった主要害虫に対して、それぞれの天敵(チリカブリダニ、アブラバチ、タバコカスミカメなど)が広く利用されています。これらの事例では、天敵を計画的に放飼することで、化学農薬の使用を大幅に削減、あるいは全く使用しない栽培体系も実現されています。

生物農薬の導入を検討する際の一般的な手順は以下のようになります。

  1. 対象病害虫の特定と生態の理解: どの病害虫が問題となっているかを正確に把握し、その生態(発生時期、寄主植物、繁殖サイクルなど)を理解することが生物農薬選定の第一歩です。
  2. 利用可能な生物農薬の情報収集: 特定した病害虫に有効な生物農薬にはどのような種類があるか、それぞれの特性(効果、利用条件、コスト、入手方法など)について情報を収集します。メーカーや農業団体、普及指導センターなどが情報源となります。
  3. 栽培体系への適合性の検討: 生物農薬の利用が、現在の栽培体系(栽培時期、他の農薬の使用状況、施肥、潅水など)や圃場環境(施設/露地、規模、周辺環境)に適合するかを検討します。特に、化学農薬との併用には注意が必要です。
  4. 小面積での試験導入: 可能であれば、まずは圃場の一部など小面積で試験的に導入し、効果や管理の手順、課題などを確認することをお勧めします。
  5. 導入計画の策定と実行: 試験導入の結果を踏まえ、本格的な導入計画を策定し、実行します。病害虫の発生予察に基づき、適切な時期に適切な量を投入することが重要です。
  6. 効果の評価と改善: 導入後は、生物農薬の効果を継続的に評価し、必要に応じて利用方法や計画を見直します。

生物農薬は、多くの場合、総合的病害虫管理(IPM: Integrated Pest Management)の一環として位置づけられます。IPMでは、化学農薬のみに頼るのではなく、耕種的防除、物理的防除、生物的防除などを組み合わせ、経済的な被害を最小限に抑えつつ、環境負荷を低減することを目指します。生物農薬は、この生物的防除の重要な柱となります。

費用対効果と利用可能な補助金・相談先

生物農薬の導入コストは、資材の種類や規模、導入する栽培体系によって大きく異なります。初期投資として、特定の天敵を利用するための設備や、散布機が必要になる場合があります。ランニングコストとしては、定期的な生物農薬資材の購入費用がかかります。

費用対効果を考える際には、単に資材費だけでなく、化学農薬の使用量が減ることによるコスト削減、散布回数減による労力削減、病害虫の抵抗性発達を抑えることによる長期的な防除コストの安定化、そして環境負荷低減による農産物の付加価値向上といった側面も含めて総合的に評価することが重要です。

生物農薬の導入を支援するため、国や地方自治体による補助金制度が利用できる場合があります。例えば、環境保全型農業を推進するための交付金制度の中で、化学農薬の使用量削減に関連する取り組みが支援対象となることがあります。最新の補助金情報や申請方法については、お住まいの地域の農業委員会、普及指導センター、または自治体の農業関連部署にお問い合わせください。

導入に関する相談先としては、生物農薬メーカーの技術担当者、各都道府県の農業試験場や普及指導センターの専門家、JAの営農指導員などが挙げられます。これらの専門家は、対象病害虫に応じた適切な生物農薬の選定、効果的な利用方法、栽培体系への組み込み方について具体的なアドバイスを提供してくれます。

まとめ

生物農薬は、化学農薬の使用量を削減し、環境負荷を低減するための有力な技術の一つです。導入にあたっては、効果発現の特性やコスト、管理方法などの課題もありますが、対象とする病害虫や栽培体系を十分に検討し、計画的に導入することで、持続可能な農業の実現に大きく貢献します。

生物農薬は万能な解決策ではありませんが、他の防除手段と組み合わせた総合的な病害虫管理(IPM)の中核を担いうる技術です。導入を検討される際には、信頼できる情報源から知識を得て、専門家のアドバイスを受けながら、ご自身の経営にとって最適な方法を見つけていくことが成功への鍵となります。この記事が、生物農薬の活用を通じた環境負荷低減への一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。