緑肥・カバークロップの計画的利用:化学資材削減と豊かな土壌づくり
はじめに
長年農業を営んでこられた皆様にとって、圃場の土壌はかけがえのない基盤であり、その健康を維持・向上させることは常に重要な課題かと存じます。同時に、持続可能な農業への関心の高まりとともに、化学肥料や農薬への依存度を減らし、環境負荷を低減することの必要性も感じられているのではないでしょうか。
緑肥作物やカバークロップは、収穫を目的とせず、栽培後に圃場にすき込んだり、地表に残したりすることで、土壌環境の改善や化学資材の削減に貢献する古くからある技術です。しかし、その種類は多岐にわたり、どのように作付け体系に組み込み、最大限の効果を得るかについては、多くの情報の中から自身の圃場に適した方法を見つける難しさがあるかもしれません。
この記事では、緑肥・カバークロップの計画的な利用に焦点を当て、その技術概要、環境負荷低減への貢献、導入におけるメリットとデメリット、そして具体的な導入手順や費用対効果、利用可能な情報源について解説します。新しい技術導入に対する不安を軽減し、持続可能な土壌管理の一助となれば幸いです。
緑肥・カバークロップとは
緑肥作物(green manure crops)とは、収穫せずに生草のまま圃場にすき込み、土壌改良材や肥料として利用する作物の総称です。一方、カバークロップ(cover crop)は、主作物の栽培期間外や株間に栽培され、土壌流出防止、雑草抑制、地温・水分保持などを目的とする作物を指します。両者は目的や利用法が重複することも多く、広義にはカバークロップの中に緑肥的な利用が含まれると捉えることもできます。
これらの植物を畑に導入することで、単に有機物を補給するだけでなく、様々な生態系サービス(自然がもたらす恩恵)を土壌にもたらします。代表的な種類としては、クローバーやヘアリーベッチ(マメ科、窒素固定効果)、エンバクやライムギ(イネ科、有機物補給、土壌物理性改善、雑草抑制)、レンゲ(マメ科、窒素固定、景観)などがあり、それぞれの特性を理解し、目的に合わせて選ぶことが重要です。
環境負荷低減への貢献
緑肥・カバークロップの利用は、多角的な側面から農業の環境負荷低減に貢献します。
- 化学肥料の削減: マメ科の緑肥作物は根粒菌との共生により大気中の窒素を固定し、これを土壌中に供給します。これにより、化学肥料(特に窒素肥料)の使用量を削減できます。また、すき込まれた有機物が分解される過程で、土壌中のリン酸などの難溶性成分を植物が利用しやすい形に変える(リン酸可給化)効果も期待できます。
- 農薬(特に除草剤)の削減: 地面を植物体で覆う(被覆する)ことで、雑草の発生や生育を抑制する効果があります。ライムギなどのアレロパシー物質(他の植物の生育を阻害する化学物質)を出す種類を選べば、さらに除草効果を高めることができます。これにより、除草剤の使用量を減らすことが可能です。種類によっては、特定の病原菌やネマトーダ(線虫)の密度を抑制する効果も報告されており、殺菌剤や殺線虫剤の使用削減にもつながる場合があります。
- 土壌流出・飛散の防止: 作物の栽培されていない期間に地表を覆うことで、雨水による土壌の侵食(エロージョン)や風による飛散(ウインドエロージョン)を防ぎます。これは、大切な表土の損失を防ぎ、河川への肥料・農薬成分の流出を抑制することにもつながります。
- 炭素貯留: 植物は光合成により大気中の二酸化炭素を取り込み、有機物として体内に固定します。緑肥・カバークロップを栽培し、その有機物を土壌にすき込むことで、土壌中の炭素量を増やし(土壌有機炭素の増加)、気候変動緩和に貢献します。
導入のメリット・デメリット
緑肥・カバークロップの導入は、環境負荷低減だけでなく、農業経営にも様々な影響を与えます。
メリット:
- 土壌構造の改善: 根が土壌中を深く・広く伸びることで、土壌を耕し(根穴効果)、団粒構造(土の粒が集まって団子状になった構造)の発達を促進します。これにより、水はけや通気性が向上し、作物の根張りが良くなります。
- 土壌生物多様性の向上: 微生物やミミズなどの土壌生物に餌を提供し、多様な生物相を育みます。健康な土壌生物相は、養分循環や病害抑制に寄与します。
- 養分の供給・保持: すき込まれた有機物が分解されることで、作物に必要な養分が供給されます。また、養分を植物体内に保持することで、降雨による流亡を防ぎ、後作物が効率的に利用できるようになります。
- 特定の病害虫・雑草の抑制: 前述のように、種類によっては特定の農業上の課題に対して抑制効果を発揮します。
- 景観の向上: 開花する種類は圃場周辺の景観を美しくし、地域住民や消費者の農業への理解を深めるきっかけにもなり得ます。
デメリット:
- 導入コスト: 種子代や播種、管理、すき込みにかかる作業費が発生します。
- 作付け体系の制約: 主作物の作付けスケジュールに合わせて、緑肥・カバークロップの播種やすき込みを行う必要があり、既存の作付け体系の変更が必要になる場合があります。
- すき込み作業の手間と技術: 特に多量のバイオマス(植物体)を生産した場合、そのすき込み作業には時間と労力がかかります。また、十分に腐熟(微生物によって分解されること)させずに後作物を栽培すると、生育障害を引き起こす可能性もあります。
- 効果発現までの時間: 土壌構造や有機物含量の劇的な改善には、複数年の取り組みが必要となる場合があります。
- 種類選定の難しさ: 圃場の土壌タイプ、気候条件、主作物、解決したい課題などに応じて最適な種類を選ぶ知識が求められます。
具体的な導入事例と手順
緑肥・カバークロップの導入は、画一的な方法ではなく、個々の圃場や経営目標に合わせた計画が重要です。
導入手順の例:
- 目標設定: なぜ緑肥・カバークロップを導入したいのか、目的を明確にします。(例:化学肥料を2割減らしたい、特定の雑草を抑制したい、土壌の排水性を改善したいなど)
- 圃場診断: 圃場の土壌タイプ(砂質、粘土質など)、地力、排水性、過去の病害虫・雑草の発生状況などを把握します。
- 種類の選定: 目標と圃場条件に合った緑肥・カバークロップの種類を選定します。単一の種類だけでなく、複数の種類を組み合わせる(混植)ことで、より多様な効果を期待することもできます。
- 作付け体系への組み込み: 主作物の栽培スケジュールを考慮し、播種時期、栽培期間、すき込み時期を決定します。休耕期間を利用する、主作物の収穫直前に播種する、畝間を利用するなど、様々な方法があります。
- 播種と管理: 選定した種類に応じて適切な方法で播種します。必要に応じて初期の水分管理や追肥を行う場合もありますが、基本的には栽培管理の手間は比較的少ないのが特徴です。
- すき込みまたは被覆: 計画した時期に、草丈や開花状況を見て判断し、刈り払い機やトラクターで細断し、土にすき込みます。カバークロップとして地表にそのまま残す場合は、その後の処理方法(不耕起など)も考慮します。
- 効果の確認と評価: 導入後、土壌の変化(硬さ、団粒構造、微生物活動など)、主作物の生育状況、化学資材の使用量などを観察・記録し、効果を評価します。必要に応じて種類や方法を見直します。
導入事例(類型):
- 事例1(水田裏作での利用): 秋の稲刈り後、レンゲやヘアリーベッチなどを播種し、春の田植え前にすき込む。→ 窒素肥料の大幅削減、土壌有機物の増加。
- 事例2(畑地の連作障害対策): 特定の病害が発生しやすい圃場で、抵抗性の高いエンバクやソルゴーなどを栽培・すき込む。→ 病原菌密度の抑制、土壌病害の発生軽減。
- 事例3(傾斜地の土壌保全): 傾斜のきつい圃場で、永続的に地表を被覆するクリーピングタイプのクローバーなどを利用する。→ 土壌流出の抑制、景観維持。
- 事例4(有機栽培での利用): 化学肥料・農薬を使用しない体系の中で、養分供給や雑草抑制の主要な手段として多様な緑肥・カバークロップを組み合わせる。→ 有機物循環の促進、健全な生育環境の構築。
費用対効果と利用可能な情報源
緑肥・カバークロップ導入の費用対効果は、種類、栽培期間、すき込み方法、そして削減できる化学資材費や収量の安定・向上効果によって大きく異なります。初期投資として種子代や作業費はかかりますが、長期的に見れば化学肥料・農薬費の削減、土壌改良による生産性の向上、そして環境価値の向上といった形でリターンが得られる可能性があります。
利用可能な補助金については、国の「みどりの食料システム戦略」に関連する施策や、地方自治体独自の環境保全型農業への支援など、様々な制度が存在します。これらの制度は時期や地域によって内容が変動するため、最新の情報を確認することが重要です。
導入に関する具体的な相談先としては、地域の農業改良普及センターや、緑肥種子を取り扱う種苗メーカー、農業試験場などの研究機関があります。これらの専門機関では、地域の気候や土壌条件、栽培作物に応じた適切な緑肥・カバークロップの種類選定や栽培管理についてのアドバイスを受けることができます。既存の導入農家の事例を学ぶことも大変参考になるでしょう。
まとめ
緑肥・カバークロップの計画的な利用は、化学肥料や農薬の使用量を削減し、土壌の物理性、化学性、生物性を総合的に改善することで、持続可能な農業を実現するための有力な手段の一つです。導入には初期コストや作付け体系の調整といった課題も伴いますが、土壌環境の長期的な健康を育み、環境負荷を低減することで、将来にわたって安定した農業経営を支える基盤となります。
多様な種類の中からご自身の圃場に最適なものを選び、計画的に作付け体系に組み込むことが成功の鍵となります。地域の専門機関や既存の事例を参考に、ぜひ緑肥・カバークロップの導入をご検討いただければと存じます。