収穫後処理技術導入ガイド:品質保持とフードロス削減で環境負荷低減
収穫後処理技術で実現する品質保持と環境負荷低減
農業生産において、作物が収穫されてから消費者に届くまでの間に、品質の低下や腐敗、傷みなどにより多くのロスが発生しています。この「フードロス」は、せっかく育てた作物が無駄になるだけでなく、生産に費やされた水、エネルギー、肥料、農薬といった貴重な資源の損失でもあり、環境への大きな負荷となっています。
このような課題の解決に貢献するのが「収穫後処理(ポストハーベスト)技術」です。収穫後処理技術とは、農産物の収穫後に行われる一連の処理工程全般を指し、適切に実施することで、品質の保持、鮮度維持、貯蔵性や輸送適性の向上を図ることができます。結果としてフードロスを大幅に削減し、環境負荷の低減と農業経営の安定化・強化を両立させることが可能になります。
本記事では、収穫後処理技術が環境負荷低減にどのように貢献するのか、具体的な技術の概要、導入のメリット・デメリット、導入を検討する際の手順や事例、そして費用対効果や利用可能な情報源について解説します。
収穫後処理技術の概要と種類
収穫後処理技術は多岐にわたりますが、その主な目的は、農産物の「生きている活動」を適切にコントロールし、外部からの物理的・生物的要因による品質劣化を防ぐことです。代表的な技術には以下のようなものがあります。
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予冷(Pre-cooling) 収穫された農産物の品温を速やかに下げる技術です。農産物は収穫後も呼吸(呼吸速度が高いほどエネルギーを消費し、劣化が進みやすい)をしており、熱を持っています。予冷により呼吸速度や蒸散(水分の蒸発)を抑え、鮮度低下を大幅に遅らせることができます。通風予冷、真空予冷、ハイドロクーリング(冷水を使用)など、品目に応じた様々な方法があります。
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選果・等級分け 品質やサイズ、形状などに基づいて選別し、等級分けを行う工程です。傷や病害虫被害のあるものを除去することで、ロット全体の品質の均一化を図り、そこからの腐敗の拡大を防ぎます。これにより、流通・販売段階での廃棄リスクを低減できます。
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洗浄・消毒 品目によっては、収穫時に付着した土、異物、微生物などを洗浄・消毒します。これにより、品質劣化の原因となる微生物の繁殖を抑え、安全性を高めます。使用する水の管理や排水処理も重要な要素となります。
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包装(Packaging) 農産物を外部環境から保護し、物理的な損傷や水分の蒸散を防ぐ役割があります。近年では、袋内のガス組成を調整して呼吸を抑える「機能性包装」や、Modified Atmosphere Packaging(MAP:ガス置換包装)などが開発され、品質保持効果を高めています。適切な包装は輸送効率の向上にも繋がります。
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適切な温度・湿度管理 収穫後の農産物は、品目ごとに最適な貯蔵・輸送温度と湿度があります。これを維持することで、呼吸、蒸散、微生物の繁殖、エチレンガス(成熟を促進する植物ホルモン)の作用などをコントロールし、長期的な品質保持を可能にします。予冷された農産物を低温で輸送・貯蔵する一連の流れは「コールドチェーン」と呼ばれ、生鮮品の品質保持に不可欠な技術です。
これらの技術は単独で用いられることもありますが、多くの場合、複数の技術を組み合わせて効果を最大化します。
収穫後処理技術が環境負荷低減に貢献する仕組み
収穫後処理技術は、以下の点で環境負荷低減に貢献します。
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フードロス削減による資源の有効活用 最も大きな貢献はフードロス削減です。品質保持期間が延びることで、畑で生産された作物が、流通過程や小売店、そして消費者の手元に届くまでに廃棄される量を減らすことができます。これは、その作物の生産に投入された水、肥料、エネルギー、労働力といった全ての資源が無駄にならないことを意味します。フードロスの削減は、新たな生産活動による環境負荷を抑制することに直接繋がります。
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廃棄物処理に伴う環境負荷の軽減 フードロスが削減されることで、廃棄される農産物の量が減少します。これにより、廃棄物の収集、輸送、処理(焼却や埋立など)にかかるエネルギー消費や、それに伴う温室効果ガス排出、埋立地からの浸出水による環境汚染などの負荷を軽減できます。
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輸送・貯蔵エネルギーの効率化 適切な予冷と温度管理は、貯蔵施設や輸送中の冷蔵・冷凍にかかるエネルギーを最適化することに貢献します。また、品質保持期間が延びれば、計画的な出荷が可能になり、緊急な輸送の必要性が減ったり、長距離輸送が可能になったりすることで、輸送全体の効率化や環境負荷の少ない輸送手段の選択肢が広がる可能性があります。
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資源循環への寄与 洗浄工程で使用した水を適切に処理し再利用するシステムや、環境負荷の少ない包装資材の選択なども、収穫後処理における環境配慮の一環として推進されています。
これらの貢献は、持続可能な農業システムを構築する上で不可欠な要素であり、地球環境保全に繋がる取り組みと言えます。
導入のメリットとデメリット
収穫後処理技術の導入は、環境負荷低減だけでなく、農業経営にも多くのメリットをもたらしますが、いくつかのデメリットも存在します。
メリット
- 品質の向上と安定化: 消費者への提供品質が向上し、信頼獲得に繋がります。
- 商品価値・販売単価の向上: 高品質な状態で出荷できることで、より有利な条件での販売が可能になることがあります。
- 販売期間の延長: 長期貯蔵が可能になることで、収穫時期に限定されない計画的な出荷や、市場価格の変動リスクの低減が図れます。
- 販売チャネルの拡大: 鮮度を保ったまま遠隔地や海外への出荷が可能になる場合があります。
- フードロス削減: 廃棄量の削減は、生産コストの回収率を高め、実質的な収入向上に繋がります。
- 環境負荷低減: 持続可能な農業への貢献は、企業イメージ向上や新たな販路開拓に繋がる可能性もあります。
デメリット
- 初期投資: 予冷施設、選果機、包装機などの導入には、規模に応じた初期投資が必要となることが多いです。
- 運用コスト: 電気代(特に冷蔵・冷凍施設)、資材費(包装材など)、メンテナンス費用などのランニングコストが発生します。
- 技術・管理体制: 適切な技術の選択、設備の操作、温度・湿度の管理など、新たな技術習得や管理体制の構築が必要になります。
- 品目・品種への適応: 全ての技術が全ての品目・品種に等しく効果があるわけではありません。品目や出荷先に合わせた技術の選定と検討が必要です。
- 既存システムとの連携: 導入した技術を既存の選果場、物流、販売システムと円滑に連携させるための調整が必要な場合があります。
これらのメリットとデメリットを十分に比較検討し、自身の経営状況や目標に合った技術を選択することが重要です。
具体的な導入事例や手順
収穫後処理技術の導入は、必ずしも大規模な設備投資を伴うものだけではありません。小規模から始められる技術も多く存在します。導入を検討する際の一般的な手順と、いくつかの事例の考え方を示します。
導入検討のステップ
- 現状分析: 自身の農産物で、収穫後にどのような課題(品質低下、傷み、廃棄など)が発生しているかを具体的に把握します。どの段階でロスが多いか、その原因は何かを分析します。
- 目標設定: 収穫後処理技術の導入によって、何をどの程度改善したいか、具体的な目標を設定します(例:販売可能な期間を〇〇日延長する、フードロス率を〇〇%削減する、〇〇市場への出荷を開始するなど)。
- 情報収集と技術選定: 課題と目標に基づき、効果が期待できる収穫後処理技術について情報を集めます。農業関連の展示会、技術セミナー、農業改良普及センター、研究機関、関連企業のウェブサイトやカタログなどを活用します。自身の品目や規模に適した技術を選定します。
- 試験導入と効果評価: 可能であれば、本格導入の前に小規模での試験導入や、比較的容易に導入できる技術(例:簡易予冷施設の設置、機能性包装資材の試用、収穫直後の日陰での保管徹底など)から試してみます。設定した目標に対する効果を評価し、課題を洗い出します。
- 本格導入計画と実施: 試験導入で効果が確認できれば、設備投資、資金計画、運用体制、従業員への技術指導など、本格導入に向けた具体的な計画を立て、実施します。
導入事例の考え方
- トマト農家の場合: 夏場の高温期に収穫したトマトの軟化が課題。予冷施設(例:通風予冷)を導入し、収穫直後の品温を素早く下げることで、遠隔地の市場や長期保存が必要な小売店への出荷が可能になり、販売機会が拡大。
- 葉物野菜農家の場合: 鮮度落ちが早く、店舗での棚持ちが短いことが課題。真空予冷装置と、袋内の湿度・ガス濃度を調整する機能性包装を組み合わせることで、日持ちを改善し、廃棄率を低下。
- 果物農家の場合: 外観やサイズにばらつきがあり、選果に手間がかかることが課題。光学センサーを用いた自動選果選果機を導入し、品質とサイズによる等級分けを効率化。均一な品質のロットを出荷することで、販売単価が向上。
- 小規模農家・直売所向けの場合: 大規模な設備投資は難しいが、収穫後の鮮度を維持したい。簡易的なプレハブ式予冷庫の設置、保冷機能のある輸送箱の使用、高品質な包装材の活用、収穫時間と出荷時間の最適化などで、直売所での販売期間を延長。
これらの事例は一例であり、導入する技術は栽培している品目、出荷先、経営規模、予算などによって異なります。重要なのは、自身の状況に合わせて最適な技術を見つけ、段階的に導入を進めることです。
費用対効果と補助金・相談先
収穫後処理技術の導入にはコストがかかりますが、その効果として得られる経済的メリットも考慮する必要があります。また、導入を支援するための補助金制度や、相談できる機関も存在します。
費用対効果の考え方
導入にかかるコスト(初期投資、ランニングコスト)に対して、得られる効果(フードロス削減による廃棄コスト減と実質的な収入増、販売単価向上による収入増、販売期間延長による販売量増、新たな販路開拓による収入増など)を比較検討します。単にコストだけでなく、中長期的な視点で収益性や経営安定化への貢献度を評価することが重要です。
補助金・支援制度
国や地方自治体では、農業経営の強化、環境負荷低減、先進技術導入などを目的とした様々な補助金や支援制度を設けている場合があります。収穫後処理施設の整備や関連技術の導入に対して、これらの制度が利用できる可能性もあります。最新の情報や申請条件については、農林水産省や各自治体のウェブサイト、公募情報などを確認することが必要です。特定の制度や金額をここで断定することはできませんが、情報収集を行う価値は十分にあります。
相談先
収穫後処理技術に関する情報収集や導入検討の際には、以下の機関や専門家に相談することができます。
- 農業改良普及センター: 地域の気候や品目に合わせた技術情報や、地域の補助金情報などに詳しいです。
- JA(農業協同組合): 共同利用施設の情報や、提携している業者に関する情報を持っている場合があります。
- 農業試験場・研究機関: 品目別の研究成果や最新技術に関する情報を提供しています。
- 技術を提供している民間企業: 具体的な設備や資材、システムに関する詳細な情報や導入事例を得られます。
- 農業関連のコンサルタント: 経営全体の視点から、収穫後処理技術導入の計画策定や費用対効果分析について専門的なアドバイスを受けられます。
これらの相談先を活用し、客観的な視点や専門的な知識を得ながら検討を進めることが、成功的な導入に繋がります。
まとめ
収穫後処理技術は、農産物の品質を高く保ち、消費者に届けるまでのフードロスを削減するために非常に重要な技術です。これは、食料資源の無駄をなくし、生産から廃棄に至るまでの環境負荷を大幅に低減することに貢献します。
環境負荷低減という持続可能な農業の実現に不可欠であると同時に、品質向上や販売期間延長による収益性の向上、新たな販路開拓など、農業経営の強化にも直結します。
導入には初期投資や技術習得といった課題も伴いますが、自身の経営規模や品目に合わせた技術を慎重に選定し、必要に応じて専門機関の助言を得ながら段階的に進めることで、これらの課題は克服可能です。
収穫後処理技術は、環境と経営の両面から持続可能な農業を実現するための有効な手段の一つです。本記事が、皆様が収穫後処理技術の導入を検討される際の一助となれば幸いです。