農場内で生まれる有機物資源を無駄にしない技術導入ガイド:環境負荷低減とコスト削減の両立
長年農業に携わる皆様におかれましては、作物の生育管理や収穫作業に加え、栽培過程で発生する様々な有機物(稲わら、麦わら、剪定枝、野菜や果樹の残渣など)の処理についても日々考慮されていることと存じます。これらの有機物は、適切に処理・活用されない場合、焼却による煙害や温室効果ガス排出、圃場での腐敗による病害発生リスクの増加、廃棄物処理コストの発生など、環境面および経営面での課題となり得ます。
しかし、これらの有機物資源は、見方を変えれば「未活用の宝」とも言えます。農場内で発生する有機物を適切に処理し、再び農場に還元する技術は、環境負荷を低減しながら、外部から購入する肥料や土壌改良材の量を減らし、ひいては経営コストの削減にも繋がる持続可能な農業の重要な要素となります。本稿では、農場内での有機物資源循環を促進するための技術について、その概要から導入のポイントまでを解説いたします。
農場内有機物資源循環技術の概要
農場内で発生する有機物を有効活用するための技術は多岐にわたりますが、代表的なものとして以下の方法が挙げられます。
- 堆肥化: 有機物を微生物の働きによって分解・発酵させ、安定した堆肥(有機質肥料や土壌改良材として利用可能)に変える技術です。好気性発酵(酸素を供給しながら行う)と嫌気性発酵(酸素を遮断して行う)がありますが、一般的には好気性発酵による堆肥化が行われます。高品質な堆肥を作るためには、水分調整、通気性の確保、切り返し作業などが重要となります。
- 圃場への直接すき込み・敷き込み: 作物残渣などを細かく裁断し、そのまま圃場にすき込んだり、畝間などに敷き詰めたりする方法です。土壌中で微生物分解を促進し、有機物供給源となります。ただし、未分解のまま大量にすき込むと、分解過程で土壌中の窒素を消費したり、病害虫を媒介したりするリスクも伴います。
- バイオ炭化: 有機物を酸素の少ない状態で加熱(熱分解)し、炭素を多く含む「バイオ炭」に変換する技術です。バイオ炭を農地に施用することで、炭素の長期固定(大気中のCO2削減に貢献)、土壌の物理性・化学性改善、微生物相の改善などが期待できます。比較的導入コストが高い場合や、処理対象の有機物の種類に制約がある場合もあります。
- 特殊な分解促進技術: 特定の微生物資材や酵素などを活用し、稲わらなどの分解されにくい有機物の分解を早める技術です。これにより、すき込み後の分解期間を短縮し、後作への影響を軽減することが目指されます。
これらの技術は単独で用いられることもあれば、組み合わせて活用されることもあります。どの技術を選択するかは、発生する有機物の種類、量、圃場の状況、求める効果、導入可能な設備などによって異なります。
環境負荷低減への貢献
農場内有機物資源循環技術の導入は、環境負荷低減に大きく貢献します。
まず、有機物を焼却処理する場合に発生するCO2やその他の有害物質の排出を抑制できます。また、外部から化学肥料や購入堆肥を運搬・施用する際に消費される化石燃料の使用量を減らすことにも繋がります。
さらに、有機物を土壌に還元することで、土壌有機物含量が増加し、土壌の団粒構造が発達するなど物理性が改善されます。これにより、保水性や通気性が向上し、化学肥料や水の利用効率が高まる可能性があります。堆肥化やバイオ炭化による炭素の土壌中固定は、地球温暖化対策としても注目されています。
導入のメリット・デメリット
導入を検討する際には、メリットとデメリットを十分に理解することが重要です。
メリット
- コスト削減: 外部からの肥料・土壌改良材購入費や、有機物廃棄にかかる処理費用、運搬費用を削減できます。
- 土壌改良: 有機物の供給により、土壌の物理性、化学性、生物性が改善され、健康な土壌が育まれます。これは長期的に安定した作物生産に繋がります。
- 作物品質向上: 土壌環境の改善や、有機物由来の多様な養分供給により、作物の品質向上や健全な生育が期待できる場合があります。
- 持続可能性の向上: 農場内で資源が循環するシステムを構築することで、外部資源への依存度を減らし、より自立した持続可能な農業経営に近づけます。
- 地域資源の活用: 農場内で発生する資源を地域内で循環させることで、地域全体の環境負荷低減にも貢献できます。
デメリット
- 初期投資: 堆肥舎の建設、堆肥切り返し機、破砕機、バイオ炭製造装置などの設備導入には初期投資が必要となる場合があります。
- 手間・労力: 堆肥化には原料の集積、水分調整、切り返しなどの作業が必要であり、一定の手間と労力がかかります。
- 専門知識の必要性: 高品質な堆肥を安定して生産するためには、微生物の働きや発酵のメカニズムに関する基本的な知識や、水分・温度管理などの技術が必要となります。
- 臭気・病害虫リスク: 不適切な堆肥化や残渣処理は、悪臭の発生や病害虫の発生源となる可能性があります。適切な管理技術が求められます。
- 処理期間: 有機物の種類や堆肥化の方法にもよりますが、分解・発酵にはある程度の期間が必要です。
具体的な導入事例や手順
農場内有機物資源循環の導入は、まずは比較的手軽な方法から段階的に進めることが考えられます。
例えば、稲作では、稲わらの全量すき込みを適切に行う技術が普及しています。細断機でわらを細かくし、均一に散布した後、深耕するなどして土壌との接触を増やすことで分解を促進します。必要に応じて微生物資材を併用することもあります。
施設園芸においては、栽培終了後の残渣(トマト、キュウリ、ナスなどの茎葉)を圃場にすき込む代わりに、特定の場所で集積して堆肥化する事例が見られます。病害リスクを低減するため、高温での発酵(70℃以上を一定期間維持)を目指す工夫が行われます。
果樹栽培では、剪定枝を破砕機でチップ化し、園内の畝間に敷き詰める事例があります。これは雑草抑制、土壌水分の保持、土壌有機物供給、土壌生物の多様性向上などに効果が期待できます。
導入の基本的な手順としては、以下のステップが考えられます。
- 現状把握: 年間にどのくらいの種類の有機物が、それぞれどのくらい発生しているかを把握します。現在の処理方法(焼却、廃棄、外部委託など)と、それに伴うコストや手間、環境負荷を整理します。
- 目標設定: 有機物資源循環を通じて、どのような課題を解決したいか(例:肥料費を〇〇円削減したい、焼却作業をなくしたい、土壌改良を進めたい)という目標を設定します。
- 技術選定: 目標、発生有機物の種類と量、圃場規模、利用可能な労働力、初期投資の予算などを考慮し、最適な技術(堆肥化、すき込み、敷き込み、バイオ炭化など)や、それに必要な設備(破砕機、切り返し機、堆肥舎など)を検討します。既存設備の活用も視野に入れます。
- 計画策定: 選定した技術に基づき、有機物の収集・運搬方法、処理場所、作業スケジュール、必要な資材(微生物資材など)、品質管理方法などを具体的に計画します。
- 導入・運用: 必要な設備を導入し、計画に従って運用を開始します。最初は小規模で試行し、課題を洗い出しながら進めることも有効です。
- 効果測定・改善: 一定期間運用した後、設定した目標に対してどの程度効果があったか(コスト削減額、土壌の変化、作業時間など)を測定し、必要に応じて計画や方法を改善します。
費用対効果と利用可能な補助金/相談先
農場内有機物資源循環技術の費用対効果は、選択する技術や規模、発生有機物の種類、現在の処理コストなどによって大きく異なります。初期投資が必要な場合でも、長期的に見れば肥料費や廃棄物処理費の削減、さらには土壌改良による収量・品質向上効果によって、投資額を上回るメリットが得られる可能性があります。具体的な導入コストや期待される効果については、導入を検討している技術や設備のメーカー、地域の普及指導機関などに相談し、試算してみることが推奨されます。
国や地方自治体では、環境負荷低減に資する農業技術の導入や、地域資源の有効活用を支援するための補助金制度が設けられている場合があります。例えば、環境保全型農業を推進するための補助事業や、畜産環境対策、循環型社会形成推進に関連する事業の中で、有機物処理施設の整備や関連機械の導入が支援対象となる可能性があります。最新の情報は、農林水産省のウェブサイトや、各都道府県・市町村の担当部署にご確認ください。
また、技術的な疑問や導入に関する具体的な相談先としては、農業改良普及センターが最も身近で頼りになる存在です。地域の気候や土壌条件、主要作物に合わせた実践的なアドバイスを得られるでしょう。その他、JA、関連機器メーカー、農業コンサルタントなども情報提供やサポートを行っています。すでに農場内での有機物資源循環に取り組んでいる他の農家から話を聞くことも、非常に参考になります。
まとめ
農場内で発生する有機物資源を無駄にせず、適切に活用する技術は、持続可能な農業経営を実践する上で非常に有効な手段です。これらの技術を導入することで、環境負荷を低減できるだけでなく、肥料費や廃棄物処理費といった経営コストの削減、さらには土壌環境の改善による生産性の向上も期待できます。
新しい技術の導入には、初期投資や技術習得に対する不安を感じることもあるかもしれません。しかし、まずは自らの農場で発生する有機物の種類や量を把握することから始め、小規模な試験導入や、比較的取り組みやすい技術から検討を進めることも可能です。地域の普及指導機関や先行事例などを参考にしながら、それぞれの農場に合った最適な方法を見つけていくことが大切です。農場内の有機物を新たな資源として捉え直し、環境にも経営にも優しい農業の実現に向けた一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。