不耕起・最小耕起栽培導入ガイド:土壌環境改善と持続可能な農業への貢献
持続可能な農業への関心が高まる中、従来の耕うん作業を見直す動きが広がっています。特に、土壌環境への負荷を減らし、長期的な生産性を高める技術として、不耕起栽培や最小耕起栽培が注目されています。これらの技術は、長年慣行農業に携わってこられた皆様にとって、従来のやり方から大きく変わるため、導入への不安を感じることもあるかもしれません。しかし、その効果や具体的な導入方法を知ることで、持続可能な農業への新たな一歩を踏み出す検討材料となることを目指します。
不耕起栽培と最小耕起栽培とは
不耕起栽培(No-till farming)とは、種まきや施肥の際に必要な最低限の作業を除いて、原則として耕うん(土壌を掘り起こし、反転、砕土、均平にする作業)を行わない農法です。作物の残渣(収穫後の茎や葉など)を圃場(ほじょう)に残すのが一般的です。
一方、最小耕起栽培(Minimum tillage farming)は、従来の慣行的な耕うんよりも頻度や程度を減らす農法を指します。例えば、全層耕ではなく浅く耕す、耕うん回数を減らすなど、圃場や作物の状況に応じて柔軟に対応します。不耕起栽培と比較して、従来の農法からの移行が比較的容易な場合があり、両者は土壌への負荷を減らすという共通の目的を持っています。
これらの農法の基本的な考え方は、土壌を物理的に攪乱(かくらん)する回数や程度を減らし、土壌本来の構造や機能を維持・回復させることにあります。
環境負荷低減への貢献
不耕起・最小耕起栽培は、様々な面で環境負荷低減に貢献します。
土壌侵食の抑制
耕うんを行わないことで、地表に作物の残渣が残り、土壌表面が安定します。これにより、雨水や風による土壌の流出(侵食)を大幅に抑制することができます。土壌侵食は、肥沃な表土を失うだけでなく、河川や湖沼への泥の流入による水質汚濁の原因ともなります。
土壌有機物の増加と炭素貯留
耕うんを繰り返すと、土壌中の有機物が分解されやすくなり、大気中への炭素(二酸化炭素)放出が増加します。不耕起・最小耕起栽培では、土壌の攪乱が少ないため有機物の分解が緩やかになり、作物の残渣が地表に残ることで土壌中の有機物が増加します。これにより、土壌中に炭素を蓄える(炭素貯留)効果が期待でき、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの削減に貢献します。
燃料消費と排出ガスの削減
耕うん作業は、農業機械の燃料消費の中でも大きな割合を占めます。耕うんの回数や程度を減らすことで、トラクターなどの燃料消費量を削減でき、それに伴う二酸化炭素やその他の排出ガスを削減できます。これは経営コストの削減にもつながります。
水質保全
土壌侵食の抑制に加え、過剰な肥料や農薬の流出も抑制される可能性があります。土壌の団粒構造(土の粒が集まって塊状になった構造)が発達し、水はけや水持ちが良くなることで、圃場外への成分流出が減り、地下水や河川の水質保全に貢献します。
導入のメリット・デメリット
不耕起・最小耕起栽培の導入には、環境メリットだけでなく、農家にとってのメリット・デメリットが存在します。
メリット
- 燃料費、労力の削減: 耕うん作業がなくなる、あるいは減ることで、トラクターの燃料消費や運転時間が削減され、大幅なコスト削減、労力削減につながる可能性があります。
- 土壌構造の改善: 長期的に見ると、土壌の団粒構造が発達し、水はけ・水持ち・通気性が向上することで、作物の根張りが良くなるなど、土壌の物理性が改善されます。
- 作業適期の拡大: 降雨後など、土壌が湿っている状態でも耕うん作業がないため、播種などの作業が可能になる場合があります。
- 環境配慮型農業としての評価: 消費者や地域社会からの評価が高まる可能性があります。
デメリット
- 初期の収量減少リスク: 特に導入初期には、土壌環境の変化への適応期間として、作物の生育や収量が不安定になるリスクが考えられます。
- 雑草管理の難しさ: 耕うんによる物理的な雑草防除ができなくなるため、新たな雑草管理(被覆作物の利用、適切な除草剤の使用、機械除草など)が必要になります。特に多年生雑草の対策が課題となることがあります。
- 病害虫管理への影響: 残渣が地表に残ることで、特定の病害虫の発生が増加する可能性が指摘されています。地域や作物に応じた適切な管理方法が必要です。
- 専用機械への投資: 不耕起または最小耕起での播種に適した播種機や、残渣処理に必要な機械など、新たな農業機械への投資が必要になる場合があります。
- 土壌硬盤の形成: 適切に管理されない場合、土壌表面近くに硬い層(土壌硬盤)が形成される可能性があります。
具体的な導入事例や手順
不耕起・最小耕起栽培への移行は、圃場の土壌タイプ、栽培作物、気候条件などによって最適な方法が異なります。一度に全面積を移行するのではなく、一部の圃場から段階的に導入を試みる方法が一般的です。
導入の一般的なステップ(例)
- 情報収集と学習: 不耕起・最小耕起栽培に関する基本的な知識、地域の成功事例、課題などを学習します。
- 圃場の選定と診断: 移行を試みる圃場を選定し、土壌診断を行います。土壌タイプ、水はけ、雑草の状況などを把握します。
- 機械の検討: 必要な播種機、残渣処理機、場合によっては雑草管理機などを検討します。既存の機械を改修して対応できる場合もあります。
- 作付体系の見直し: 不耕起・最小耕起に適した作物の選択や、被覆作物(カバークロップ)の導入、輪作体系の検討などを行います。
- 段階的な導入: 小面積から開始し、結果を見ながら徐々に適用面積を増やしていきます。
- 継続的な観察と調整: 土壌の変化、作物の生育、雑草や病害虫の発生状況などを継続的に観察し、必要に応じて栽培管理方法を調整します。
国内でも、麦類、大豆、飼料作物などで不耕起・最小耕起栽培に取り組む事例が増えています。特に、水田裏作での導入や、傾斜地での土壌保全対策として効果を上げている例が見られます。重要なのは、地域の気候や土壌条件に合わせた栽培方法を確立することです。
費用対効果と利用可能な補助金/相談先
不耕起・最小耕起栽培の費用対効果は、導入規模、作物、必要な機械投資、燃料費・労力削減効果、収量の変動など多くの要因によって異なります。初期には機械投資が必要になる一方で、長期的な燃料費や労力の削減、土壌改善による生産性の安定化など、経済的なメリットも期待できます。
国や地方自治体では、環境保全型農業を推進するための様々な補助金制度を設けている場合があります。「環境保全型農業直接支援対策」など、土壌炭素貯留効果の高い営農活動(カバークロップ栽培、炭素貯留効果の高い堆肥の施用など)に対して支援が行われる制度もあります。また、不耕起栽培に関連する機械導入への支援策が利用できる可能性もあります。最新の制度や詳細な要件については、お住まいの地域の農業関連窓口にご確認いただくことが重要です。
導入に関する具体的な相談先としては、地域の農業改良普及センター、都道府県の農業試験場、専門の農業法人、農業機械メーカー、あるいは不耕起・最小耕起栽培に取り組む先進農家などが挙げられます。これらの機関や人々から、実践的なアドバイスや情報提供を受けることができます。
まとめ
不耕起・最小耕起栽培は、土壌環境の改善、炭素貯留、燃料消費・労力削減など、環境負荷を減らし持続可能な農業を実現するための有力な選択肢の一つです。導入には、雑草や病害虫管理、初期投資などの課題も伴いますが、適切な情報収集と段階的な取り組みによって、リスクを抑えながら移行を進めることが可能です。
土壌は農業生産の基盤であり、その健全性を保つことは、将来にわたって安定した農業経営を続けていく上で不可欠です。不耕起・最小耕起栽培は、この土壌を「耕さない」という視点から守り、より良い状態に導く可能性を秘めた技術と言えます。ご自身の圃場や経営状況に合わせて、この技術がどのようなメリットをもたらし、どのような課題があるのか、具体的な情報を集めながら検討を進めていただければ幸いです。