露地・簡易施設向け被覆栽培技術導入ガイド:環境ストレス軽減と持続可能な生産へ
導入:変化する環境下での安定生産と環境負荷低減
近年、地球温暖化の影響とみられる気候変動により、農業生産を取り巻く環境は大きく変化しています。豪雨、干ばつ、異常高温、台風の大型化など、これまでの経験が通用しない気象条件下での栽培が求められています。また、新たな病害虫の発生や既知の病害虫の発生時期・様式の変化も課題となっています。このような状況下で、安定した収量を確保し、品質を維持するためには、環境の変化に対応するための新しい技術や手法の導入が不可欠です。
同時に、消費者や社会全体からの環境負荷低減への要求も高まっています。化学農薬や化学肥料の使用量削減、水資源の有効利用、地球温暖化ガス排出の抑制などが重要なテーマとなっています。
本記事では、露地栽培や比較的簡易な施設において導入可能な被覆栽培技術に焦点を当てます。被覆栽培は、作物をフィルムやネットなどの資材で覆うことで、外部環境からの影響を軽減し、安定生産に貢献する技術です。この技術がどのように環境ストレスを軽減し、ひいては環境負荷低減につながるのか、その概要、メリット・デメリット、導入のポイントなどについて解説します。
被覆栽培技術の概要とその種類
被覆栽培とは、農作物を雨、風、虫、鳥、強い日差し、低温など、生育にとって不利な外部環境から保護するために、ハウスやトンネル、あるいは圃場全体を様々な資材で覆う栽培手法の総称です。使用する資材や目的によって多岐にわたりますが、ここでは露地栽培や簡易施設で導入しやすい主な種類を挙げます。
- 雨除け栽培: 作物の上部に透明なフィルムなどを設置し、雨水が直接作物や土壌に当たるのを防ぎます。病害(特に葉や実に発生するもの)の発生を抑制する効果が期待できます。簡易な単棟のものから、比較的しっかりした構造の連棟ハウスまであります。
- 防虫ネット栽培: 作物全体を細かい目のネットで覆い、コナジラミ、アブラムシ、アザミウマなどの害虫の侵入を防ぎます。ウイルス病を媒介する害虫対策に特に有効です。
- 遮光・遮熱栽培: 夏場の強い日差しや高温から作物を保護するために、遮光率の異なるネットやフィルムを使用します。葉焼けを防ぎ、果実の品質低下を抑制する効果があります。
- 保温栽培(トンネル、べたがけ): 透明なフィルムや不織布で作物や畝全体を覆い、地温や気温を上昇・維持します。早出し栽培や寒冷期の生育促進に用いられます。
これらの技術は単独で用いられることもありますが、雨除けと防虫ネットを組み合わせるなど、複数の技術を組み合わせて使用することも一般的です。
被覆栽培による環境負荷低減への貢献
被覆栽培技術の導入は、安定生産や品質向上だけでなく、環境負荷の低減にも貢献する可能性があります。
- 農薬使用量の削減: 雨除けにより湿度を調整し病害の発生リスクを減らしたり、防虫ネットで物理的に害虫の侵入を防いだりすることで、化学農薬による防除回数や使用量を削減できる可能性があります。これは、周辺環境への農薬飛散リスク低減や、生態系への影響緩和につながります。
- 水管理の効率化と節水: 雨除け栽培では、降雨による土壌水分の過多を防ぎ、計画的な灌水が可能になります。これにより、土壌の過湿による根の生育不良や病害を防ぐとともに、必要な時に必要な量だけ灌水する精密な水管理が行えるため、水資源の有効活用につながります。
- 肥料利用効率の向上: 雨水による肥料成分の流亡が抑制されるため、施肥設計どおりに肥料が作物に利用されやすくなります。これにより、無駄な肥料投入を減らし、河川や地下水への硝酸態窒素などの負荷を低減する効果が期待できます。
- 資材の選定と管理: 被覆資材を選ぶ際に、耐久性が高く長期間使用できるものや、リサイクル可能な素材を選ぶことで、資材廃棄物の削減に貢献できます。また、適切な管理により資材の劣化を遅らせることも重要です。
導入のメリットとデメリット
被覆栽培技術の導入を検討する際には、そのメリットとデメリットを理解することが重要です。
メリット
- 安定した生産: 天候に左右されにくくなり、品質のばらつきを抑え、安定した収量を確保しやすくなります。特に異常気象が頻発する現代において、リスク分散の手法として有効です。
- 品質向上: 病害や生理障害(例:トマトの裂果)の発生を抑え、外観品質や食味の向上につながります。
- 収量増加: 環境ストレスが軽減されることで、作物が健全に生育し、結果として収量が増加する可能性があります。
- 農薬使用量の削減: 病害虫の発生が抑制されることで、化学農薬の使用量を削減でき、環境負荷低減や農産物の安全性向上につながります。
- 作期の拡大: 保温効果や高温対策により、栽培可能な期間を広げられる場合があります。
デメリット
- 初期投資と資材コスト: ハウス資材、フィルム、ネットなどの購入費に加え、設置工事費が必要になります。毎年交換が必要な資材もあります。
- 設置・管理の手間: 構造物の設置や資材の展張・片付け、補修などに労力が必要です。
- 風害リスク: 特に構造物が低い場合や、資材がしっかり固定されていない場合、強風による破損リスクがあります。
- 高温多湿になりやすい: 通気性が悪い場合、被覆内の温度や湿度が高くなりすぎ、別の病害や生理障害を招く可能性があります。適切な換気対策が必要です。
- 光量不足になる可能性: 遮光ネットや、目の細かいネットを使用した場合、光線不足により生育が抑制される可能性があります。
具体的な導入事例と手順
被覆栽培技術の導入は、大規模なハウス建設から簡易な資材の利用まで、様々なスケールで実施可能です。まずは、ご自身の栽培品目や圃場の条件、解決したい課題に合わせて、導入しやすい規模や方法から検討することをお勧めします。
導入事例
- 簡易雨除け: ナスやトマトなどの果菜類で、畝の上部に単管パイプなどで骨組みを作り、幅の狭いフィルムを展張する。初期投資を抑えつつ、雨による病害軽減効果を試せます。
- 簡易防虫ネットハウス: 葉物野菜などで、低いパイプハウス状の骨組みを作り、全面を細かい目の防虫ネットで覆う。特定の害虫が多い時期の栽培や、無農薬栽培を目指す場合に有効です。
- トンネル栽培・べたがけ: イチゴや葉物野菜、根菜類などで、畝に沿ってアーチ状の支柱を立てフィルムや不織布をかける、あるいは直接作物の上に資材をかける。低温期の生育促進や鳥害対策に用いられます。
導入検討のステップ
- 栽培品目と課題の明確化: どの作物を栽培しており、どのような課題(病害が多い、安定しない、特定の害虫被害が大きいなど)を解決したいのかを具体的にします。
- 適切な被覆方法・資材の選定: 課題解決に最も効果的な被覆の種類(雨除け、防虫など)と、それに適した資材(フィルムの種類、ネットの目合い、耐久性など)を選びます。専門家や資材メーカーに相談すると良いでしょう。
- コスト試算: 資材費、骨組み費用、設置工事費(自作か依頼か)、維持管理費などを試算します。
- 設置準備・工事: 選定した方法に従い、構造物の設置や資材の展張を行います。簡易なものであれば自力で、本格的な構造物は専門業者に依頼することも検討します。
- 管理・運用: 被覆資材の展張・換気・補修など、適切な管理を行いながら栽培を進めます。
費用対効果と利用可能な補助金、相談先
被覆栽培技術の費用対効果を評価する際には、初期投資やランニングコストだけでなく、導入によって得られるメリット(収量増加、品質向上による単価上昇、農薬費削減、安定出荷による収入安定など)を総合的に考慮する必要があります。具体的な費用対効果は、栽培品目、導入規模、資材の種類、地域の気象条件などによって大きく異なります。導入前に、見込まれる効果を試算し、投資に見合うリターンが得られるか十分に検討することが大切です。
持続可能な農業や環境保全に貢献する技術導入に対して、国や地方自治体による補助事業や支援制度が利用できる場合があります。例えば、環境負荷低減に資する農業技術導入支援、強靱化対策としての施設整備などが対象となる可能性があります。具体的な制度の内容や申請方法については、最寄りの農業改良普及センターや自治体の農業担当窓口にご確認ください。
技術導入に関する情報収集や相談先としては、以下が挙げられます。
- 農業改良普及センター: 地域の気象条件や栽培品目に合わせた技術的なアドバイスが期待できます。
- 農機具・農業資材メーカー: 具体的な製品情報や設置に関する知見を持っています。
- 地域の先進的な農家: 実際に被覆栽培を導入している農家の経験談は非常に参考になります。
- 農業協同組合(JA): 営農指導員に相談できる場合があります。
まとめ:被覆栽培技術が拓く持続可能な農業への道
気候変動による不確実性が増す現代農業において、被覆栽培技術は作物を環境ストレスから守り、安定生産と品質向上を実現するための有効な手段の一つです。さらに、病害虫の発生抑制や水管理の効率化を通じて、化学農薬や水の使用量を削減し、環境負荷の低減にも貢献する可能性を秘めています。
もちろん、初期投資や管理の手間といった課題もありますが、ご紹介したように簡易な方法から段階的に導入することも可能です。ご自身の経営状況や栽培計画に合わせて、最適な被覆栽培技術の導入を検討してみてはいかがでしょうか。情報収集をしっかりと行い、必要に応じて専門機関や経験豊富な農家の方々に相談しながら進めることが、導入を成功させる鍵となります。被覆栽培技術が、皆様の持続可能な農業経営の一助となることを願っております。