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バンカープランツ活用ガイド:生態系サービスを活用した化学農薬削減と持続可能な農業

Tags: バンカープランツ, 生態系サービス, 化学農薬削減, IPM, 生物多様性

バンカープランツとは:生態系を活用した新しい害虫管理手法

長年農業に携わってこられた皆様におかれましても、化学農薬の使用量削減や、より環境に配慮した持続可能な農業への転換にご関心をお持ちのことと存じます。一方で、新しい技術の導入にはコストや効果への不安がつきまとうことも少なくありません。

近年注目されている持続可能な害虫管理技術の一つに、「バンカープランツ」の活用があります。バンカープランツは、特定の害虫の「天敵」を圃場内に定着・増殖させることを目的に栽培される植物です。これにより、化学農薬に過度に依存せず、生態系本来の機能を活用して病害虫の発生を抑制することを目指します。これは、単に農薬を減らすだけでなく、圃場の生物多様性を豊かにし、より安定した生産システムを構築する可能性を秘めた技術です。

バンカープランツ技術の概要と仕組み

バンカープランツの基本的な考え方は、栽培する作物自体ではなく、その周辺や作条間、あるいは施設内の特定の場所に、害虫の天敵にとって都合の良い環境を提供する植物を植えるというものです。

例えば、施設トマトやキュウリなどで問題となるオンシツコナジラミの天敵である寄生蜂の一種「オンシツツヤコバチ」を定着させるために、オオムギなどのイネ科植物をバンカープランツとして利用する事例があります。オオムギには、オンシツコナジラミによく似た、しかし作物には害を与えないムギクロアブラムシが発生します。オンシツツヤコバチはこのムギクロアブラムシにも寄生するため、これを餌としてバンカープランツ上で増殖します。十分にオンシツツヤコバチが増えた段階で、本来防除対象であるオンシツコナジラミが発生した作物へと移動し、天敵として機能するという仕組みです。

イチゴ栽培におけるハダニ対策では、バンカープランツとしてインゲンマメなどを栽培し、これにハダニをあえて発生させ、そのハダニを餌とする天敵ダニ「チリカブリダニ」をバンカープランツ上で増殖させ、作物のハダニ防除に繋げるという手法も研究・実用化されています。

このように、バンカープランツは直接的な防除効果を持つのではなく、天敵のための「隠れ家」「餌場」「繁殖拠点」を提供することで、圃場全体の生態系バランスを改善し、間接的に害虫密度を抑制する役割を果たします。

環境負荷低減への貢献

バンカープランツの導入は、持続可能な農業においていくつかの重要な環境負荷低減効果をもたらします。

導入のメリット・デメリット

バンカープランツの導入を検討するにあたり、メリットとデメリットを十分に理解しておくことが重要です。

メリット:

デメリット:

具体的な導入事例と手順

バンカープランツの導入は、作物や対象害虫によって様々な方法があります。ここでは一般的な導入の手順と考え方を示します。

  1. 対象害虫と利用可能な天敵の特定: まず、圃場で問題となっている主要な害虫と、それに対して効果的な天敵を特定します。地域や作物によって利用できる天敵の種類は異なります。
  2. 適切なバンカープランツの選定: 対象となる天敵を効果的に誘引・定着・増殖させることができ、かつ栽培作物や周辺環境に悪影響を与えない植物を選びます。研究機関や普及指導センター、資材メーカーなどから情報を得ることが重要です。前述のオオムギ、インゲンマメの他にも、ソルガム、トウモロコシ、マメ科植物などが利用されることがあります。
  3. 導入計画の策定: どこに(圃場内、圃場周辺、施設内)、どのくらいの量、どのような配置でバンカープランツを栽培するかを計画します。作物の栽培スケジュールに合わせて、天敵を増殖させるタイミングも考慮が必要です。施設栽培であれば、通路の脇や特定の区画に集中して植えるなどの方法があります。露地栽培であれば、圃場の縁や作条間に植えることが考えられます。
  4. 栽培と管理: 選定したバンカープランツの種まきや定植を行います。バンカープランツ自体も適切に管理し、天敵が増殖しやすい環境を維持します。必要に応じて水やりや追肥を行う一方、バンカープランツが過繁茂になりすぎないよう、また新たな病害虫の温床とならないよう注意が必要です。
  5. 効果のモニタリング: バンカープランツ上で天敵が順調に増殖しているか、また作物の害虫密度が抑制されているかを定期的に観察します。効果が見られない場合は、導入方法やバンカープランツの種類を見直すなどの対策が必要になります。

具体的な事例:

これらの事例はあくまで一例であり、ご自身の栽培環境や対象害虫に合わせて最適な方法を検討する必要があります。

費用対効果と利用可能な補助金/相談先

バンカープランツ導入の費用は、バンカープランツの種類(種子価格や苗価格)、栽培規模、管理にかかる労力などによって変動します。初期費用としては、種子や苗の購入費、必要であればプランターや資材の購入費などが挙げられます。維持管理には、水やりや刈り取りなどの労力がかかります。

一方、効果として期待できるのは、主に化学農薬の使用量削減によるコスト減です。農薬の種類や散布回数にもよりますが、大幅な削減が実現できれば、導入コストを上回る経済的なメリットが得られる可能性もあります。また、環境配慮型の農業への取り組みは、農産物の付加価値向上や、新たな販路開拓につながる可能性も秘めています。

補助金については、環境負荷低減に資する技術導入を支援する国の事業や、地方自治体独自の助成制度が存在する場合があります。例えば、農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律に基づく「環境保全型農業直接支払交付金」など、化学肥料・化学合成農薬の使用低減に取り組む農業者への支援制度があります。ただし、これらの制度は内容が変更されたり、申請要件が細かく定められていたりするため、最新の情報を確認することが重要です。

導入に関する具体的な相談先としては、まずお近くの普及指導センターにご相談されることをお勧めします。地域の農業事情や栽培技術に精通しており、具体的なアドバイスや情報提供を受けることができます。また、農業試験場や研究機関では、バンカープランツに関する最新の研究成果や技術情報が得られる場合があります。さらに、農業資材メーカーや種苗会社の中には、バンカープランツの種子や天敵製剤を取り扱っており、導入に関するサポートを提供しているところもあります。

まとめ

バンカープランツを活用した害虫管理は、化学農薬への依存を減らし、圃場の生態系サービスを活用することで持続可能な農業を実現するための有効な選択肢の一つです。導入には計画や管理の手間がかかることや、効果の発現に時間がかかる、環境との相性があるといった考慮事項もありますが、適切に実施することで、化学農薬費の削減、環境負荷の低減、そして生物多様性の豊かな圃場づくりといった多くのメリットを享受できる可能性があります。

新しい技術導入への不安をお持ちの方もいらっしゃるかと存じますが、まずは情報収集から始め、地域の専門家にご相談いただき、小規模な試験的な導入から検討してみてはいかがでしょうか。バンカープランツが、皆様の持続可能な農業経営の一助となれば幸いです。